片思いの苦しさは今も昔も同じ!?片思いをしている気持ちに共感してしまう古典和歌

片思い 古典和歌

多くの恋愛はどちらかの片思いから始まりますが、思いが通じ合うまでの片思いの期間は、「本当に恋は叶うのかな」「彼は私を好きになってくれるのかな」などと考えてしまったり、「なんで私だけこんなに辛いの」と嘆きたくなったり、気持ちが不安定になりがちです。

でもこれって今に始まったことではなく、片思いをしていた人が昔からずっと感じてきた同じ気持ちです。

今回は日本の古典和歌から、片思いの気持ちに共感できてしまう和歌をご紹介します。

「思へども 験もなしと知るものを 何かここだく 我が恋ひわたる」
坂上郎女

日本の古典和歌集としては最古である『万葉集』は、約1300年も前の和歌集です。そのころから、片思いの苦しさは変わっていないようです。。。

この歌の意味は、
「どんなにあなたを想っても仕方がないとわかっているのに どうしてこんなに 恋しく切ないんでしょう」
ということ。

思っても仕方が無いというのは、どうしても片思いが成就しない理由があるという事でしょうか?
理屈ではわかっていても、感情が雨後してしまって仕方がない。。。まさに辛い片思いだと思います。

「相見ては 面隠さるる ものからに
継ぎて見まくの 欲しき君かも」

こちらも万葉集に収録されている恋の歌。

「離れているときはとても会いたいのに、実際に会うと恥ずかしくて、あなたの顔もまともに見られない」片思いしたての、嬉し恥ずかしのピュアな気持ちが歌われています。

「思ひつつ 寝ればや人の 見えつらむ 夢と知りせば 覚めざらましを」
小野小町

古典に詳しくなくても、小野小町という名前は記憶にあるはず。
この歌は彼女が歌ったもので、『古今和歌集』に収録されています。

「片思いの人が夢に出てきた。その夢が覚めなければいいのに。。。」そんな気持ちを歌っています。
嬉しさと辛さが一緒になったような、ちょっとロマンチックなイメージです。

「つれづれと 空ぞ見らるる 思ふ人 天降り来むものならなくに」
和泉式部

恋歌を多く残した平安時代の歌人、和泉式部の歌の一つ。

「思う人が空からやってくるわけでもないのに、ぼんやりと空を見上げてしまう。。。」会えたらいいのにという想いも感じられる切ない歌です。

「ありつつも君をば待たむうち靡(なび)く わが黒髪に霜の置くまでに」
磐之媛命

「私の黒髪に霜がおりるまで、白髪になるまでも、私は恋しいあなたを待ちましょう」ちょっと執念にも見えて怖いですが、片思いも長く続くとこういった心境になるのかも。。。

「伊勢の海の磯もとどろに寄する浪 恐(かしこ)き人に恋ひ渡るかも」
笠女郎

「伊勢の海に打ち寄せる怒涛のように、諦めようとしては再び思いを寄せ続けています」片思いは波のように、寄せては返し寄せては返し。。。諦めようと思ったり、でもやっぱり忘れることが出来なかったり。揺れ動く気持ちは片思い特有ですね。

まとめ

いかがでしたか?どんなに時代が変わっても、片思いが引き起こす切なさや辛さは変わらないものですね。
片思いが辛いと感じている人は、「昔から、誰かを好きになれば必ずやってくるものだ」と考えられたら、少しは辛さが和らぐかも。。。

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